富山大空襲

ちゃきちゃきとした、利用者のKさん。

入浴介助をしていた時の話。



とってもきれいなKさん


「お若い時にお会いしてみたかった。

お若いころの写真を見てみたい。」

というと、


「あら、そんなもん、空襲で焼けてしまって

何一つ残ってないよ。」



ちょうど、Kさんが嫁いだ地は空襲で

焼け野原になってしまったところ。




空襲で大変な経験をされたことを話される。



「防空壕にはいって逃げたりね、

飛行機が過ぎ去っていくのをじーっと待ったり、

逃げ歩いて離れ離れになった

近所に住んでた人に会えた時なんて

泣いて抱き合って、無事を喜んだり。

あんた、無事やったかいね。って。


わずかしかない食べ物を

こっそり分け合ったりねしてね、

支えあいながら生きとった。」



 不自由な生活だったでしょう。




「そうだけどね、

みんな元気だった。

食べ物がなくても、着るものがなくても

生きてかんとならんかったから

気持ちが元気だったよ。

活気があったね。」



  大切なものが何にも残らなかったんですね。


「そうそう。

なんにも、ないわ。

残ったんは自分の体と、家族だけね。


まぁ古臭いものしか、嫁いだ家にはなかったから、

きれいになったちゃよ。(笑)


そうやって きれいになる必要があって

そうなったんやろ  って思ってる。」



強い。



そんな時代を乗り越えた証の強い魂。


重ねた経験の大きさ、数ほど

強くれるんだろうなぁ。



まだまだな自分。

お恥ずかしい。。
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by mamenoki-inc | 2010-04-23 12:53 | Comments(0)
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